29号『始めの頃は。』
■4月8日(金)
学校が始まる1週間が取りあえず終わり、週末ですね。
7代目部員たちは今日、中庭ビオトープにニチバラを
放流したようです。
順調にいけば、5月上旬には今年最初の子どもたちが泳ぐのを
見ることができるでしょうね。
さて、明日は干潟で「ぎょぶる」予定。
ちょうど7年前の春から活動を始めた魚部。
どんな様子だったのでしょうか?
■1998年4月下旬ごろ

おそらく第1回目の活動あたりだと思われる。
紫川の中流、桜橋付近。
部員たちの移動手段は、チャリ。
今のように「魚部カー」なんてないから。
魚部スーツ(=胴長)も人数分無くて、交代で着ていたらしい。
道具も、柄の長いたも網だけ。シンプル。
■1999年5月ごろ

1年前、とりあえず集まった生徒たちは残っていて、
初代魚部員として活動していた。
写真は1年前の活動開始と同じ場所。
(ここがチャリで来るのに、いい場所だったんだろうね)
相変わらず、シンプルな道具で活動。
でも、魚部スーツは人数分揃い始めていた。
(※顧問はなぜか、ドライスーツを着ている・・・)
■1999年5月ごろ?

紫川下流。
ここはつい最近も何度か来た、お馴染みの場所。
この時期、チャリで運べない様々な魚部荷物は、
顧問の屋根が開く2人乗りの車で運ばれていた。
(当時多かった顧問単独での魚部も、もちろんこの車で。
トランクや助手席に、網や魚部スーツ、ブクブクバケツ置いて)
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。